INTERVIEW

【福田峰夫】リクルートのインターネット前夜 Vol.3

2018.02.04

リクルート常務取締役、角川書店(現:KADOKAWA)代表取締役社長、ジュピターテレコム代表取締役副社長を経て、今ではベンチャー投資もされている福田峰夫さんに、リクルートの成長過程やネット事業に着手した経緯、複数の会社での役員を経てお感じになった「経営」と「オペレーション」の違いについて伺うインタビューの第3回(全3回)。前回の記事はこちらです。

福田峰夫

早稲田大学教育学部卒業。1975年に㈱日本リクルートセンター(現㈱リクルート)に入社。1999年、同社常務取締役に就任。同社が立ち上げたネットサービス「ISIZE(イサイズ)」を役員として担当。2002年、(株)角川書店代表取締役社長、2003年に㈱角川ホールディングス専務取締役兼COOに就任後、2006年には(株)ジュピターテレコム代表取締役副社長に就任。スタンフォード大学客員研究員を経て、2018年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程を修了予定。(株)オフィスM代表取締役。

(ライター:福田滉平)

リクルートも悩んだ「紙からネットへ」の転換

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):福田さんはリクルートでネット事業を立ちあげられましたよね。当時、リクルートがインターネットに取り組んだのは、どういった経緯からだったのでしょうか?

福田峰夫氏(以下、福田):私は、リクルートが1999年に「ISIZE(イサイズ)」というネットサービスを立ち上げた時の担当役員でしたが、「ISIZE」の前身は、「MixJuice(ミックスジュース)」というホームページです。 リクルートは回線事業やリモートコンピューティング事業を立ち上げた時に、多くの優秀な理工系の人たちが入ってくれるようになりました。ある年は、東大の理工系学生の就職先では、リクルートが一番多かった時があったほどです。 そうしたエンジニアの人たちを中心に研究の一環として、MixJuiceという、今でいう検索機能のないヤフーのようなポータルサイトを作ったんです。 その後、「インターネット」サービスが社会にも浸透し始めた時に、MixJuiceを本格的にメディア化して、作ったのがISIZEです。リクルートは就職、住宅、結婚など、人々の生活に関わる領域の情報誌を幅広く展開しているので、そのフィールドで、独自のポジションを取っていくことを狙っていました。その時、僕は電子メディア事業部の役員でした。

恐る恐る始めたネット事業

福田:ただ、当たり前なのですが、紙の情報誌をネットに置き換えるとなると、社内でコンフリクトが起こります。当時、情報誌は何千億円と売り上げていましたし、粗利率も当時は紙のほうが高かった。4~5年くらい、侃々諤々の議論をしました。加えて、当時はまだ、紙がネットに置き換えられるという危機感は、そこまでありません。最初の段階はね、「恐る恐る」という言葉がふさわしいくらい、慎重に展開していました。

朝倉:さしものリクルートでも、そうだったんですね。

福田:たとえば、就職情報の場合、セットで情報誌とネットの両方に出稿していただくけれど、ネットのほうは広告料を取らない、というやり方で始め、そこから、ネットで効果が出てくると、情報誌とネットの両方の広告料をいただくようになり……と、徐々に徐々に置き換えていったんです。 結局、リクルートブックをやめて、ネットに完全移行するまで10年くらいかかりました。 ただ、一方で、そういう動きをみんなが感じていて、「置き換わる」という恐怖よりも、「ビジネス機会が生まれるのでは」という期待のほうが強かったです。

村上誠典(シニフィアン共同代表):キーポイントは、インターネットに未来があるとトップの方が思われていたことと、既存メディア(紙)との折衷案や抱き合わせで社内を説得したことですよね。いずれも普通の会社ならイノベーションのジレンマに陥ってできないところだな、とお話を伺いながら思いました。

世界観と既存事業との衝突

福田:ただ実のところ、僕がやりたかったことは、ちょっと違う方向だったんです。 僕たちは、ポータルとして一つの世界観をISIZEで作り、大きなメディアをリクルートとして展開したいと考えていました。 しかし、それぞれの領域事業が強かったので、実現しませんでした。なので、今は領域ごとに、「ホットペッパー」、「リクナビ」、「じゃらんnet」と、個別にネットメディアがありますよね。 この時よく使ったのが「縦横」というキーワードです。つまり、横串で一つの世界を演出し大きなビジネスの機会を創るなかで、各事業の縦軸の深さをどこまで掘り下げられるのか。 現在は、領域ごとに展開してどんどん深掘りすることで、他社には絶対に真似できない価値を作っていけています。これを、うまくいったと評価もできますし、一方で、横串の世界観を実現できていれば、ヤフーやGoogleのような形で、現在のリクルートとは違うポジションを作れていたかもしれません。どちらが良かったかというのは、評価が難しいところです。

朝倉:たしかに、日本企業がそんなサービスを展開するのも見てみたかったですね。

福田:ただ、リクルートがネット起点ではないことは、良さでもあります。ネットにしても紙にしても、情報流通の仕組みの一つでしかありません。だから、どっちでもいいという発想が、リクルートにはあります。紙が一番伝わるのであれば紙がいいし、ネットのほうが親和性が高く、効率がいい場合にはネットがいい。 実は、今となってはネット起点ではないということは、リクルートの強みなのかもしれません。ここが、Googleとリクルートの最大の違いです。 ネット起点ではない強みを生かした一例が、飲食店向けのPOSレジアプリ「Airレジ」です。「ホトペッパー」という予約サイトにとどまらず、メディアをツールにしながら、顧客の経営効率化サービスまで事業として行うことで、他社との違いを作っています。こうしたビジネスは、ネット起点の発想では、できなかったでしょう。

リクルート、角川書店、ジュピターテレコムを経て見えた、経営論

朝倉:福田さんは、リクルート、角川書店、ジュピターテレコムと、異なる3つの会社に携わってこられました。そのなかでお感じになった、共通する部分や、個社で異なる部分というのは、どのあたりだったのでしょうか?

福田:経営という視点で、何を見て、何をするべきか、といった要所は、どの企業も大きく変わらないと思います。財務、組織、人事、営業……いくつか見るべきポイントがあると思うんです。より細かい点で言えば、「儲け」の構造やコスト構造はどうなってるのか、顧客基盤はどうなってるのか、などという視点はどこでも必要だと思います。特に重要なのは経営管理という視点では経理、財務等のコーポレート組織でしょうね。

朝倉:そうした勘所をつかめれば、経営者として異なる会社を経営することはできるということですね。

福田:そう思います。しかし、事業運営等のオペレーションは業態やビジネスモデルによってかなり異なるので、ある程度慣れないと掴めない部分があります。僕は経営者として主に、経営管理を担うのか、オペレーションを担うのかという点で、役割が大きく違うと思っています。

朝倉:確かに、多くの人が「課長、部長、本部長と出世して、次は取締役だ」とキャリアを単線的に考えていますが、経営とオペレーションとでは、やってることは随分と違いますよね。

福田:たとえば組織人事というのは経営上の重要なポイントですが、営業一筋で上がってきて初めて経営に携わると、この分野に戸惑う人も多いと思います。なぜなら、オペレーションをやっている間は、なかなかコーポレートの役割は見えていないし、ボードメンバーになって急に何をどう担えばいいはわからないですよね。経営とオペレーションの2つはまったく違うところが多く、またキャリアも違うので、良し悪しではなく、どちらもやれる人は多くないと思います。 僕は、リクルートで10年間役員として事業運営等のオペレーションを中心に担ってきましたが、一方で、経理や財務の担当役員も兼任してきたので、経営管理という違った経営領域も経験することができました。なので、幸運にも、経営管理で大事なこととオペレーションで大事なことの両方を見ることができて、その後にすごく役立ちました。 最近は、いろんな企業の社外役員をやったり、スタートアップに関わったりしていますが、その中でも、経営の視点と、オペレーションの視点の両方で話をするよう心がけています。

朝倉:なるほど。オペレーションと経営の両面をご覧になり、複数の会社で役員をなさった後に、そういった結論に至ったということは、非常に参考になります。今日はどうもありがとうございました。

【福田峰夫】日本のスタートアップの落とし穴とリクルートの成長 Vol.1

【福田峰夫】リクルートがスタートアップ精神を維持できる理由 Vol.2

【福田峰夫】リクルートのインターネット前夜 Vol.3