INTERVIEW

【福田峰夫】日本のスタートアップの落とし穴とリクルートの成長 Vol.1

2018.02.02

日本リクルートセンター(現:リクルートホールディングス)常務取締役、角川書店(現:KADOKAWA)代表取締役社長、ジュピターテレコム代表取締役副社長を経て、今ではベンチャー投資もされている福田峰夫さん。リクルートの成長過程やネット事業に着手した経緯、複数の会社での役員を経てお感じになった「経営」と「オペレーション」の違いについて伺っていきます。

福田峰夫

早稲田大学教育学部卒業。1975年に㈱日本リクルートセンター(現㈱リクルート)に入社。1999年、同社常務取締役に就任。同社が立ち上げたネットサービス「ISIZE(イサイズ)」を役員として担当。2002年、(株)角川書店代表取締役社長、2003年に㈱角川ホールディングス専務取締役兼COOに就任後、2006年には(株)ジュピターテレコム代表取締役副社長に就任。スタンフォード大学客員研究員を経て、2018年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程を修了予定。(株)オフィスM代表取締役。

(ライター:福田滉平)

どうして、日本には企業買収が少ないのか

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):福田さんはリクルート、角川書店、ジュピターテレコムという3社での取締役を経て、今ではベンチャー投資もされています。近年は日本国内のベンチャー投資額が2,000億円を超えるなど、ひと昔前に比べると活況ですが、福田さんは、日本のスタートアップをめぐる今の環境について、どのような印象をお持ちですか?

福田峰夫氏(以下、福田):日本では、バリュエーション(企業価値評価)が高くないうちに上場するスタートアップが多いですが、これには、VCなど投資した側が、「早くキャッシュ化したい」と考えている影響も大きいのではないかと思います。なので、事業価値ができ上がっていない、ビジネスモデルの基盤も確立していない状況でIPO(株式公開)する風潮があるのではないでしょうか。 しかし、IPOした後に株主が入れ替わっていくと個人投資家が多くなるので、IPO前のVCのように投資家として会社の育成役を担ってくれる人がほとんどいないですよね。 僕も、いくつか数年後のIPOを目指している企業に投資や出資をしていて、社外役員やアドバイザーをやっています。 そのなかでも議論しているのは「IPOしたところで、本当にその後は大丈夫なのか」という点です。売上が数億円程度で、赤字の状態からIPOを目指そうという企業が、3~4年経ったところで、どのくらいのビジネス規模とビジネス価値ができているかといっても、基盤はまだまだ脆弱です。

福田:また日本では、IPOによるエグジットが圧倒的に多いですが、アメリカのシリコンバレーは逆で、ベンチャー投資を受けているスタートアップの9割前後が売却によってエグジット(投資資金の回収)しています。 ここで面白いのが、アメリカも最初から売却が多かったわけではないということ。昔は、IPOが多くて売却が少ないという日本と同じ状況だったのですが、2000~01年ごろに逆転して、売却がIPOを上回るようになった。ちょうどITバブル崩壊前後が、アメリカのエグジットトレンドの交差点になっているんです。 僕は4年前にアメリカに留学した時、このことがすごく不思議だったんです。せっかく事業を立ち上げて、支援者がお金を供給してくれて、ようやくビジネスを大きくしたのに、どうして売却してしまうんだろう。世界に冠たるビジネスを作ろうとしていただろうに、どうして手放してしまうんだろうか、と。というのも、僕はいろんな会社を見てきた中で、会社であろうと社内の新規事業であろうと、「自分たちで作っていくものだ」、という伝統的な価値観を持っていたからです。 しかし、今はそういう考えはなくなりました。むしろ、売却すべき会社や事業は早く売却したほうがいいと考えています。

朝倉:それはどうしてですか?

福田:今はスピードに溢れた社会で、製品・サービスの寿命がどんどん短くなっています。しかしながら、お金もなければ、人もいない、技術もない、小資本・少資源のスタートアップが、自分たちだけで事業を大きくしようとすると、非常に時間がかかってしまいます。 そうすると、もし素晴らしいアイデアと視点、価値を持っていても、スピードについていけずにせっかくの事業が埋もれていってしまう可能性が高い。 しかし、そういう時に、資本力があって、人材もいて、技術もある企業の、経営資源を活用していけば、大きく花を咲かせられる可能性が高まります。そうしたことを考えると、大企業に売却して、世の中に提供できる価値を早く花開かせることも、大事だと思うようになりました。

朝倉:日本ではスタートアップの買収が少ないだけでなく、大きい会社同士の買収も、他の国に比べると少なく、ダイナミズムに欠ける印象を持っているのですが、福田さんはどのようにご覧になりますか?

福田:たしかにそうですね。その理由として一番強く思うのは、多くの企業が伝統的に自前主義だということです。僕自身がそうであったように、多くの企業が、「いろんなアイデアを立案し、立案したアイデアを自分たちで立ち上げて、さらに大きくする」ことに、喜びを感じ、価値を見出してきました。こうした価値観の影響が大きいのではないでしょうか。

朝倉:文化的なものに根ざしていると。

福田:はい。これまで、多くの企業が買収しなくても、自分たちで開発できていたという経緯があります。しかし、今のようにICTが進展すると、すべての分野を自分たちで開発するのは難しい。そこで、オープンイノベーションなどさまざまな連携が生まれていますが、少し前まではこうした世界では無かったと思います。そういう時代を通ってきた人たちが大きな会社のトップにいる限り、日本の多くの企業での自前主義信奉はそう簡単に変わらないのではないでしょうか。

マクロミルの成功が、リクルートを変えた

朝倉:一方で、リクルートは最近ではIndeedの買収など、ダイナミックな動きも見せています。福田さんは1975年からリクルートにいらっしゃいましたが、当時から見て、リクルートが変わったと感じる部分はあるのでしょうか?

福田:リクルートもまた、自分たちで事業を作っていく風土が強い会社でした。先程も言ったように、僕たちは会社の中で新しいものを作り出して、会社にあるお金と人とを使って自前で大きくしていくことに、大きなやりがいと喜びを感じていたのです。 しかし、僕の認識では、マクロミルができ上がった頃に大きな変化があったように思います。この頃から、違う価値観を持った人たちが増えてきたことでターニングポイントを迎えたのではないかと思います。 マクロミルが行っているような、市場調査やアンケート調査というのは、リクルートリサーチというところで当時はFAXなどで行っていました。インターネットが発達する中で、「ウェブで行う調査も行うべきではないか」という声がリクルート社内でも上がったのですが、結局やらなかったんです。 そこで、このアイデアをスピンアウトして作ったのがマクロミルです。このマクロミルが、リクルートにとって、少なくとも僕にとってはエポックメイキングな出来事でした。

朝倉:マクロミルの創業がエポックメイキングな出来事だったというのは意外です。リクルートというと、「30歳定年」と言われるほど若いうちに独立して事業をされる方がたくさんいらっしゃる気がするのですが。

福田:確かに人材関連の起業は多いです。斡旋事業をやったり、就職関連の広告代理店を立ち上げたり、リクルートの周辺で顕在化していたビジネスを始める人は、昔からいました。けれども、仕組みを変えて、ビジネスとしてうまくいくかはまだ分からない領域でスピンアウトして立ち上げたという点で、マクロミルはエポックメイキングだったかなと思います。 リンクアンドモチベーションも同様です。リクルートは古くから教育事業を手掛けてきたため、パッケージ化してビジネスサイズを大きくするというモデルに強い成功体験を持っていました。リンクアンドモチベーションのように、顧客にカスタマイズして展開していくモデルは効率が悪くて儲からないと思い、積極的には取り組まなかったのです。しかし、同社の創業メンバーの人たちは「リクルートではやらなくても、ニーズがあっておもしろい事業のはずだ」と外に出て、立ち上げたんです。

朝倉:つまり、2000年代の前半に、リクルートの社内や周辺の経済圏から外に出て事業を行うような人たちが出てきたということですね。

福田:リクルートは、新規事業を連続して立ち上げることで大きくなってきたので、新しいものを創るということを、昔から社員は共通の価値観として持っています。ただ、やり方が大きく変わってきたということです。おっしゃるとおり、2000年前半からどんどん成功事例が生まれてきて、なかには一部上場までいく企業も出てきました。

小林賢治(シニフィアン共同代表):今ではリクルート出身の経営者が世の中に多くいますよね。上場企業の経営者でも一番多い出身母体ではないでしょうか。

福田:多くなりましたね。ロールモデルができあがってくると、その後にリクルートに入ってくる人たちは、自然と「自分も起業しよう」という意識になるのでしょう。また、そうした意識が根付いてきたからこそ、2000年前後あたりから、外の事業を社内に取り込んで会社を大きくしようとする発想もまた、リクルートの中に出てきたんじゃないかと思います。

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