COLUMN

新規事業よりも難しい、事業の撤退・売却

2018.06.28

シニフィアンの共同代表3人が、ほろ酔い気分で放談、閑談、雑談、床屋談義の限りを尽くすシニフィ談。今回はあまりスポットが当てられていない、「事業の閉じ方」について語ります。海外の企業に比べ、日本企業は事業を閉じることに対して後ろ向きだと言われています。そこには日本企業特有の体質がありました。 本稿は、Voicyでの放送を加筆修正したものです。

(編集:箕輪編集室 石黒真、原汐里、篠原舞)

水平分業型モデルに切り替えられない理由

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今日は事業をやめることや、売却することについて話してみようと思います。スタートアップにしても、大企業にしても、「新規事業を始めました」だとか、「新しい事業を買収しました」という話は華々しいし、前向きですよね。けれど、実は新しいことを始めるよりもやっていることをやめることの方が難しい。なおかつ事業に与えるインパクトというのも非常に大きいんじゃないかと思います。この抜けがちな視点について考えてみましょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):スタートアップの方とお話しすると、ほとんどの人が「新しい事業を始めるんです。なのでお金が足りないんです」「組織拡大しなきゃいけないんです」って内容ですね。もちろん成長期なので当たり前と言えば当たり前ですが。

朝倉:うん、大体そうですね。

村上:成長期とは言え、「ある程度フォーカスすべき領域を決めていかなきゃいけないんです」とか、「ちょっと分散しがちなんで絞ります」っていうレベルの話はあり得るはず。でも実際はそれがほぼない。ましてやめるなんて聞くことすらないっていうのが、印象ですかね。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):事業を広げた結果、エンジニアだったりビジネスの担当だったり、色々なリソースが足りなくなると思うんです。でも僕が思うのは、経営者のマインドシェアというか、新しい事業に脳みそを取られて経営者の考えるパワーが分散することが一番の問題ではないかということ。一個一個の意思決定に注ぐ脳みそのリソースが少なくなった結果、なかなか事業が思うように進められないということが起きているんじゃないかなという気がしています。

村上:あとよくあるのが「うちは営業力もあるんです」「うちは優秀なエンジニアがいるんです」「プロダクトも強いんです」っていう風に、それぞれが強いとおっしゃる方が非常に多いということ。でもそういう思考だと、垂直統合型のビジネスモデルに寄りがちになってしまう。今までいくつものオールドエコノミーの産業で、日本は水平分業に負けている。アメリカでは様々な領域でプラットフォーマーが存在し、垂直統合ではなく水平分業していることからすると、社内リソースに固執して「全部強いんだ」と考えている限り、水平分業は生まれづらい。新興企業ですら、そういう素地になっているんじゃないかと。 その時に、「うちは◯◯も強いんだけれど、営業力で勝負するんじゃなくて…」っていう発想が出て初めて、「じゃあディストリビューターを探してみましょうか」「余ったリソースをここに投下して、ビジネスモデルもここの販売利益で儲けるんじゃなくて、プロダクトでしっかり儲けましょう」とか、戦略そのものが変わると思う。何かを「捨てる」ことが日本企業は苦手なんじゃないかなという気がするんですよね。

朝倉:日本企業の特徴として、なんでもかんでもオリジナルで自前のものを作ってしまおうとするところがありますよね。

小林:ありますよね。特に垂直統合型にしたくなる時の一番大きな要因って、「マージンの大きい近接領域があれば、自分たちで取り込んだ方が利益額を積み増せるんじゃないの?」ていう考えがあるからじゃないかな。

朝倉:マージンが出ているっていうのは?

小林:要は、利益が出てる領域が自分たちの近接領域にあったらそこを取り込みたいっていうこと。水平にばーっと取りにいくよりも、バリューチェーンの上下の領域を追加的にとった方が早いんじゃないか、みたいな感じで領域を広げる展開をしてしまう会社が多いんじゃないかと。

朝倉:そうなりますよね。

村上:そうなると「うちはテレビのLED作ってたけど、パネルが儲かっているらしいから、自社パネルを作ろうか」「最終販売利益まで取り込んだ方が利益額も増えるから、最後の販路も自分で直販にするか」と言って、結局すべてのテレビのバリューチェーンを囲い込んでしまうことになる。 マーケットが伸びている時は確かに短期的な利益を取り込めるので、短期的なPLは増えるんですよね。ただ、それが戦略として正しいかどうかという議論が往々にして抜けてしまっているケースが多い。成長前提のスタートアップだからこそ、この「捨てる」という発想や議論が本来もう少しあるべきだと感じます。

小林:確かに、マーケットの状況によってワークするかどうか差が出るというのは、今聞いてその通りだなと思いました。けれども、成熟が進んでいくとより高度なプレイヤーとか、それこそ低コストなプレイヤーが勝つ。それは単に「その領域の機能を持っている」だけじゃ駄目で、圧倒的に大きな規模や高い効率性や大きな投資とかをやってないといけない。そうすると結局水平でばーっと広がってる専門プレイヤーに勝てなくなる、っていうパターンがほとんどの事業で起きたってことですよね。

日本企業が陥る「人」の問題

村上:繰り返しになりますけど、やはり、やめる、捨てるっていうのがすごく難しい。 「利益は横のバリューチェーンを取り込めば増えますよね」って言うと、一見正しそうに聞こえるので、あまり議論が起きないケースがあると思う。でも、やめるとすると「いやいや、だって今利益を取り込んでるし。うちの強みはテクノロジーだし、技術力の差別化ができなかったら商品が売れなくなるじゃないか」とか、いろんな話が出る。だからやめる、捨てるっていう方が難しい。 「捨てる」議論ができてくると、本質的にどこで差別化すべきなのか、どこで他社を圧倒的に引き離していけるのか、というポイントが際立ちます。そのためには、経営者にはかなり強いマインドセット、意識がないといけない。かつ、組織自体がそれに慣れてないといけない。長期的に見て非常に戦略上大きな判断になりますので、明確なロジックも必要になってきます。

朝倉:そこに関して言うと、そういった数字の話や合理的な話もあるんだけれども、僕は実際のところ、もっとウェットな部分が事業をやめるうえではよほど大きな障壁になっているんじゃないかと思っています。 例えば「この事業をやめたら、事業部長は一体どうなるんだ」とか、「これお世話になった先輩がやっている事業だぞ」「組織の雰囲気が悪くなるぞ」みたいな話。何かを閉じるということは、やっぱり後ろ向きのテーマなんですよね。閉めること自体は仕方ないんだけれども、店じまいというか、手じまいの方法を分かっていないからなんとなくズルズルいってしまう。これって、兵站が伸びきってしまった太平洋戦争とほぼ同じ状況なのかなと思いますよね。

村上:なるほど。そういう意味では、日本社会全体の縮図とも言える日立製作所は参考になる事例かもしれません。高度成長期にいろんな事業をやっていって、やめるっていう判断をしなかった結果、何が起きたかっていうことを、歴史を以て証明している。その経緯で生まれた様々な事業に対し、川村さんや中西さんが聖域なき売却、撤退をやってこられた。 そういう意味では、まさにウェットが積み重なると子会社が1,000社近くになって、やめることがどんどん難しくなっていく。事業を閉じようとしても、OBの顔ばかりが浮かんでしまい、最終的には川村さんを連れてくるという荒療治をしたわけですけれども。 やっぱり朝倉さんが言った人の問題って、日立のような偉大な先輩が会社レベルで実証済みのことであり、間違いなく日本人が陥ってしまう罠なんでしょうね。

朝倉:経営者や経営幹部って、目の前で働いている社員や組織の雰囲気は日々、見えているわけですよ。見えているからこそ、内部の雰囲気を悪くすることってやりたくないわけですよね。人情としては当然なんだけども、ここで一つ隠れていることは、その雰囲気を保つために、実は他のステークホルダーが犠牲になっているのではないかということ。顧客や株主ですね。当然ですが、株主って毎日顔を突き合わせて会うわけじゃないから、どう感じているかは見過ごされがちですよね。内部の都合を優先した結果、株主や顧客を犠牲にしているといったことが起こりがちなんじゃないでしょうか。顧客・株主・従業員のパワーバランスを整えていくことと、事業撤退の問題は密接に関わっていると思います。

小林:従業員の観点で言うと、最近身近に感じたことがありまして。僕がよく行ってるスーパーが、地場の零細からイオン系列とかに変わったんですけれども、現場で働いてる人自体はみんな一緒だったんですね。

朝倉:はい。

小林:でもサービスも置いている商品のレベルも、イオン系列になってから色々上がってるんですよね。顧客からしても、おそらく働いてる人からしても、間違いなくこっちの方がハッピーという感じ。正確なデータは分からないですけど、だいたい同業種だと高収益企業や大手企業の方が給料が高いってことはよくあるんで、従業員にとっても買われた方がよいっていうこともあり得る。本当はみんなもっといい条件で働きたいだろうし、より強みを持っている企業に統廃合して集約していくっていうのは、本当は必要な動きなんじゃないかなっていう気はしますよね。

朝倉:それを実現するうえで、情緒的な問題が大きいんでしょうね。

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。