COLUMN

赤字のPost-IPOスタートアップに求められるIR力

2020.02.07

赤字上場する企業は年々増加傾向にあります。先行投資のために赤字が発生することに対しては、投資家の間でも少しずつ理解が広がっているようにも見えますが、その一方でスタートアップ経営者には、現状の赤字の背景・理由、黒字化の見通し等の説明が求められます。今回は、赤字の上場スタートアップは市場に対してどのような説明を行う必要があるのかについて考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

赤字上場に対する投資家の態度の変遷

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):近年、マザーズでは赤字上場する会社が如実に増えてきました。特に、先行投資型の企業に赤字上場が多く見受けられますが、今回はそうした企業に求められるIR上の投資家への説明について考えてみたいと思います。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):2019年は赤字上場した企業の数が急増しています。従来は赤字上場する会社は年間に数件だったのが、昨年度はマザーズに上場した64社の内、25%にあたる16社が赤字上場でした。

海外では赤字上場は珍しいことではありませんでしたが、近年グローバルな投資家は赤字上場を嫌う傾向にあります。ですが、グローバルトレンドからの遅効性があるためか、日本では昨年度、赤字上場する会社が急増したというのは興味深い事象です。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):加えて、売上高に対して赤字が大きい企業が増えているのも特徴的です。SaaSスタートアップのように、Jカーブを描いて成長する産業が、アメリカよりも遅れて増えてきているからかもしれません。

朝倉:国内では、Jカーブ成長型のスタートアップがアメリカよりも遅れて現れ、結果、赤字上場の傾向も遅れて現れているということですかね。

村上:実際に、赤字上場する会社の多くがSaaS企業です。

小林:ここ最近のスタートアップブーム以降、赤字上場が最初に話題になったのは、2014年のクラウドワークスの上場でしょうか。2018年に上場したメルカリもユニコーンの赤字上場として象徴的な事例でしょう。

朝倉:メルカリは、上場時から一貫して、US市場への先行投資のために当面は黒字化しないことを明言していました。上場時にわざわざ、日経新聞に一面広告を出したくらいですからね。そういった意思を明確に伝えてはいても、決算の度に赤字について厳しく追求されています。

こうした状況をふまえて、どういった開示のしかたであれば、より投資家からの納得感を得ることができるのかについて考えてみましょう。

小林:仮に上場前の黒字転換を約束していて、その約束が守られなかったのであれば、厳しく追及されるのは仕方ありません。一方で、メルカリの場合、当初から黒字化は当面先だと明示していました。 だとすると、単に黒字か否かとは別のところに投資家の不満があるということなのでしょうね。

村上:理由としてひとつ挙げられるのは、会社側と投資家の時間軸のズレの問題だと思います。 メルカリの場合、直近では国内市場で利益を上げている一方で、海外への先行投資では大きな赤字が続いている。それを投資家に説明するときに、投資家が求める投資回収の時間軸と、会社側が想定している時間軸の間にズレが生じているのではないでしょうか。

これがもし、海外への先行投資が来年には黒字化して連結決算が黒字化するという見通しが立っているのであれば、おそらくここまでの問題にはならないはずです。投資家から見れば、海外市場での黒字化の見通しが立たないというところが、メルカリが苦労しているポイントなのではないかと思います。

SaaS型企業、freeeとマネーフォワードに見るIR戦略

朝倉:上場のスタートアップの場合も然りですが、比較的、投資家に対して先行投資の合理性が説明しやすいのがSaaSだと思います。

小林:SaaS型事業の健全性をはかる上で重要なのが、投下した資金が将来収益として返ってくる見込みが立つかどうか、という観点です。例えば、顧客あたりのLTV(顧客生涯価値)に対して、「顧客獲得単価はいくらなのか」というように、利益が出る構造なのかどうか、長期的な視点から見極めるのが基本的な考え方です。SaaSで示されるさまざまなKPIは、利益が出る構造が成立するかどうかを因数分解したものだと思います

先日、マネーフォワードが通期決算説明会でKPIについて詳細に明示した資料 を提示しました。長期的に自社が投資した資金がどのように利益となって積み上がっていくかを投資家にわかるように説明していく姿勢だと見受けられます。

株式会社マネーフォワード「2019 年 11 月期 通期決算説明資料」より

朝倉:同社が2020年1月14日に公開した2019年11月期の通期決算説明資料を見ると、経営指標として課金顧客あたりの売上高や、解約率、売上継続率、セールス効率性など、SaaSスタートアップを評価するときの基本的な指標を一通り提示しています。

村上:素晴しい取り組みだと思います。同様に国内のSaaS事業の開示レベルを上げた事例としては、freeeも挙げられるでしょう。同社が、2019年12月上場時、グローバル・オファリングを行なった際に提示した「成長可能性に関する説明資料」 では、グローバルな投資家から説明を求められる観点を意識して、KPIが明示されていました。

freee株式会社「成長可能性に関する説明資料」より

朝倉:同資料では、「魅力的なサブスクリプションモデル」として、月次平均解約率が2%未満であることや、ネットレベニューリテンションレートが100%以上であることが明示されていますね。

その赤字は「良い赤字」なのか?

村上:赤字にも「良い赤字」、「悪い赤字」と種類があります。特に、先行投資が必要になるSaaSモデルの会社の場合には、「今は赤字ですが、いずれ黒字化します」という見通しを、売上/利益の推移のみならず、より詳細なKPIに因数分解して、本質的な事業価値の向上や成長可能性を構造的に説明する 、KPIドリブンなIRが必要になると思います。

今までのPL中心のIRから、PL以外に、事業として、産業として本当に重要な指標は何かを問い続けるようになれば、日本企業のIRのレベルが高まっていくのではないでしょうか。

朝倉:良い赤字と悪い赤字を峻別することは大切ですよね。いくら投資家に「これは良い赤字です」と言ったところで、それを判断するための材料を提示しないことには伝わりません。なぜ良い赤字と言えるのか、投資家が理解できるような材料を整えましょうということですね。

小林:費用であれ、資産化されるものであれ、投資したお金は何らかの形で、参入障壁や顧客基盤といったような将来の競争優位に繋がるはずです。その部分の戦略的論理性と、それを表現するKPIの構造を投資家に説明できると、投資家の納得感が増すのだと思います。

村上:そう考えると、先ほどのメルカリの事例では、前述した時間軸のズレに加えて、国内では勝てる構造を確立できていても、海外でもその構造で勝てるとは限らない、と投資家に思われているのかもしれませんね。国内事業の再現性が海外でもあると説明するのがなかなか難しい。

例えば、FacebookやGoogleもグローバル化するときに大きな赤字を掘りました。彼らも自国からグローバル展開した際には苦労したのです。ただ、彼らの場合は、自国での市場占有率の高さが、海外での勝算につながるロジックを、ネットワーク効果で説明できました。一方で、メルカリがIR上苦労している点は、本国以外でも成功する構造が説明しづらいというところだと思います。

朝倉:その点やはりSaaSの場合は、あくまでも現在のKPI数値が継続した場合という仮定のうえでの説明ではありますが、それでも他の事業に比べれば、未来予測がしやすい事業モデルですよね。拙著でも「ファイナンス思考」の必要性を提言していますが、今後SaaS型のスタートアップが増えてくると、単にPLを見るだけでなく、より深く事業の構造を理解する投資家のほうが、より利潤を得やすくなるんじゃないでしょうか。

そう思うと、SaaS事業のIRは、経営者にとっては自社の魅力を伝えるという点、また投資家にとっては事業をより深く理解するという点で、双方にとって良い教材になるのかもしれませんね。いずれにせよ、経営者は成長の蓋然性をよりきちんと説明することを意識すべきだし、投資家は会社の実態をより詳しく見ることで、見落としがちな潜在的価値をより発見しやすくなるのではないかと期待しています。