COLUMN

プロフェッショナル系「メザニン人材」のための、スタートアップへの飛び込み方

2018.12.28

スタートアップの経営力向上に向けて、プロフェッショナル人材の流入に対する期待感が高まっています。一方で、そうしたプロフェッショナル人材には、スタートアップに関する知識が十分にないこともあるため、転職を躊躇するケースも少なくありません。こうした状況を踏まえ、スタートアップに飛び込む人材を増やすための方法論、シニフィアン共同代表の3人が語ります。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(編集:中村慎太郎)

プロフェッショナル人材がスタートアップへの転職を躊躇する理由

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):先日のシニフィ談で、スタートアップは人材不足状態だという話が出ました。僕がマッキンゼーに勤めていた時の同期を思い出してみると、退社してスタートアップを自分で立ち上げた人間は、僕と同期の柴田(現クラウドポート 共同創業者取締役)の2人だけでした。 当時と比べると、今はスタートアップを立ち上げる、あるいは既存のスタートアップに飛び込むプロフェッショナル系人材がすごい勢いで増えてきているという印象があります。ただ、絶対数としてはまだまだ少ない。もっと増えてもいいんじゃないかという気がします。とは言え、プロフェッショナル人材の立場で考えると、これまで立派な会社で働いていたところから、実態もよくわからないスタートアップに飛び込むことに対する心理的障壁があるのは当たり前のことだと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):明確にそう思います。実際に一緒に仕事をした人の中にも、スタートアップに必要な耐性があり、うまくマッチするだろうという人でも、なかなか踏み込むことができず、大企業への転職を選ぶ人が、周りにもいます。

朝倉:投資銀行出身者はどうですか?スタートアップに転身する人は増えてきていますか?

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):増えていますね。さっきのマッキンゼーの例と一緒で、自身で起業をする人と、ファイナンスの専門スキルを活かせるポストでスタートアップに飛び込む人は増えてきています。一方で、やはりどうしても検討しただけに終わる人のほうが、現実には多いのかなと思いますね。 プロフェッショナル人材全般に言えることですが、どうしても、大企業との接点が多かったことに加えて、スタートアップに関する情報が少なぐ、情報格差によって大きなギャップを感じてしまうという心理的な障壁も大きいんじゃないでしょうか。

朝倉:クライアント先に転職するパターンも結構ありますよね。

小林:何かしら前職時代に関わりを持っていたというパターンは聞きますね。そういう意味では、いきなり転職するのではなく、その前のクッションとして、スタートアップや、関連するコミュニティーに接する機会があるといいんでしょうね。

VCによるスタートアップへの人材紹介

朝倉:先日、VCによる出資先スタートアップ向けのダイレクトリクルーティングが増える兆しがあるということがニュースになっていましたが、これは面白い動きですね。スタートアップの場合、その会社単体だと魅力が十分に伝えづらいこともありますが、複数のスタートアップを束ねている投資家の視点が加わることによって、より総合的に会社独自の面白さを伝えることもできるんじゃないでしょうか。 実際、スタートアップの事業や取り組みを本質的により深く理解しているのは、人材エージェントよりも投資家なんじゃないかという気がします。

村上:そうですね。大手企業の転職であったら、会社の名前を聞いただけで、何をやっているのかが大体わかるわけですから、どういうポジションで、どういう給料で、どういう役割だったかという情報がマッチング上重要になります。 一方でスタートアップの場合、特定の役割だけでなく、何でもやるというケースが少なくない。情報量が少ないと、「大丈夫かな?」と感じてしまいがちになる。

朝倉:アメリカのVCの場合、ホームページを見たら、「リクルーティング」や「キャリア」といったメニューがあって、出資先のスタートアップて募集している職種の案内がずらりと並んでいることがよくあります。

小林:アンドリーセン・ホロウィッツ(ウェブブラウザMosaicの開発者・マーク・アンドリーセンと、『HARD THINGS』著者・ベン・ホロウィッツが創業した、米国随一のベンチャーキャピタル)の場合は有名ですよね。

朝倉:アンドリーセンの場合は、自分たちで人材まで抱えて派遣するということまでしているわけですよね。こうした動きは、これからより増えてくるのではないでしょうか。

小林:そういう意味では、日本のPE(プライベート・エクイティ・ファンド)では、バリューアップチームとして外部の人材をダイレクト・リクルーティングという形でスカウトするという形が実際にあると聞いています。VC業界においても、バリューアップをより厚くやるために、こういう選択肢が出てくるのは自然な流れだと思いますね。

村上:確かに会社を紹介されるときに、CEOに事業的な視点で魅力を語られるよりも、自分に比較的近い感覚を持っていて、プロフェッショナル視点で業界を見ている人から、「この会社はいいよ」って言われるほうがすっと入りやすいという側面はきっとありますよね。

朝倉:VCがそうした役割を担えるのではないかということですね。 当たり前の話ですが、仕事選びにおいて、給与を含めた生活面の安定を確保するという視点はとても大事なわけですよ。大企業やプロフェッショナルファームに入っている方々の多くは、少なからずそういった側面を重視しているわけですから。そうした面で躊躇はあるものの、一方で、スタートアップに興味があるという人も相当数いる。ただ、大企業やプロフェッショナルファームで活躍している方であっても、自分でビジネスのアイデアを思い付くことが出来るか、それを実現できるかというと、そんな人はほとんどいない。できる人はさっさとやっちゃうんでしょうけどね。

メザニン的なリスクを取るという新たなオプション

朝倉:大企業やプロフェッショナルファームの中でずっと仕事を続けることをよしとしない人もいますよね。 仮に自ら進んでスタートアップに飛び込む人かを「エクイティ人材」と呼び、大企業に勤め続けるリスク性向の人を「デット人材」と呼ぶとしたら、「メザニン人材」に当たる人もいるはずなんです(メザニンファイナンス:メザニンとは中二階の意。デットファイナンスとエクイティファイナンスの中間に位置する資金調達方法を指す)。 メザニン的なリスク志向の人たちが、スタートアップの世界に流れ込んでくるようなルートを確立する工夫が求められているのかなと理解しています。

小林:実際に優秀な人材の流入が続くことで、さらに次の世代が厚くなるというのは、DeNAが競合他社と、業界内で熾烈な採用競争していたときに実感しました。これまで来なかったクラスの人材、コンサル、バンカー、PEといったいわゆる給与水準高い業界の出身者が来るようになりました。結局転職される方もいましたが、何だかんたで゙その方々が、スタートアップコミュニティに残っているわけです。

朝倉:そうですよね。

小林:そう考えると、いかなる形であれスタートアップ業界に人が入ってくるというのはポジティブなことだと思うんですよね。

朝倉:ソシャゲ業界が日本社会に果たした役割を総括すると、ゲームが盛り上がったということではなく、大企業やプロフェッショナルファームなどにいた非常に優れた人材を、無理くりスタートアップのコミュニティに引きずり込んだことだと思います。転職先の会社に残らなかったとしても、そうやってスタートアップコミュニティに飛び込んだ人たちは、次もスタートアップの世界に散っていく。エスタブリッシュメントから新興企業への民族大移動が起きたのは良かったと思うんですよね。

小林:そういう意味では、今回のように入り口の選択肢を広げる動きが複数のところで出てきていることは非常にポジティブに感じます。これまで躊躇していた理由をどうやって克服していくかという問題に、一つのソリューションとして、メザニン的な解が出てきたわけですから。

村上:飛び込みづらい理由を考えてみると、ひとつには期待値のマッチングが難しいことがあるのだと思います。スタートアップが採用した人材にして欲しいと思っていたことか、゙実はその人にはできなかったとか、転職者は、したいと思っていたことがそのスタートアップではできなかったとか。そういったことが往々にして起こります。プロフェッショナル人材が経験してきた環境と、スタートアップの現場で起きていることにはギャップが大きいですからね。

朝倉:典型的には「CFOがバックオフィス業務を兼務させられる問題」ですね。

村上:そのときにVCなどの立場で、両者を理解している人が間に入ることで、本当に必要な人材についての期待値をコントロールすることが必要て。少なくとも、やりたいと思っていたことができるということ自体が、飛び込んでくる人にとっては安心材料にはなるんじゃないでしょうか。

小林:その役割の意義は大きいですね。実際、「CFOなら、M&Aでも調達でも管理部門のコントロールでもできる」というようなイメージがあるわけですが、そこまで経験できる人は世の中にはほとんどいません。

朝倉:日本全体のリソース、「ヒト・モノ・カネ」を考えてみるとに、スタートアップに流れ込む「カネ」は膨らんできました。「モノ」はテクノロジー中心だとあまり必要ではありません。そう考えると、最大のボトルネックは「ヒト」になるわけですから、「ヒト」の流動性を上げていくことが重要なわけです。こうした課題に対して、具体的なソリューションの糸口が見えてきたのは良かったんじゃないかと思う次第ですね。

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。