COLUMN

スタートアップが事業を複線化する際に注意すべき5つのポイント

2020.04.05

スタートアップでは1つのプロダクトにリソースを集中することが常道とされています。事業の複線化はリソースの分散に繋がり、経営の難易度を格段に高めることになります。そうした前提を踏まえてなお、スタートアップが事業の複線化に踏み切るにあたり、検討すべき5つのポイントについて考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

共通性の過大評価と個別性の過小評価

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は、スタートアップにおける事業の複線化について考えてみたいと思います。北米のスタートアップでは、基本的には1つのプロダクトに集中し、成長に専念することが常道とされているように見受けられます。

一方で、日本のマーケットに特化している国内スタートアップの場合、単一プロダクトのみだとどうしても市場規模の限界が見えてくるといった事情もあり、事業の複線化を試みる経営者が少なくないのではないでしょうか。

事業の複線化は簡単なことではありませんが、それを踏まえてもなお、複線化への検討を進めるスタートアップを想定したうえで、留意すべき5つのポイントに考えたいと思います。

まず1つ目が、複線化に際して、事業の共通性 ・個別性を的確に捉えられているか。2つ目が、経営チームにケイパビリティがあるか。 3つ目が、組織マネジメント、4つ目が、内部管理、そして5つ目が投資家コミュニケーションですね。順を追って考えていきましょう。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):当然ですが、既存事業に加えて、新たにビジネスを立ち上げるのは、容易なことではありません。

既存事業は一定程度成功させられたとしても、新たに異なる事業を行うというのは、ゼロから起業するのと同様に大変なことです。「こういう成功体験があるから、新しいビジネスも成功するんだ」という思惑は通用しないことがほとんどです。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):1つ目のポイント、「共通性の過大評価、個別性の過小評価」は実際によく見ますよね。2つの事業の共通性について過大評価をする一方、それぞれの事業の個別性については過小評価してしまうというのがありがちなパターンです。

自分たちの勝ちパターンが横展開可能だと思いたいという気持ちは十分に理解できるのですが、それぞれの事業の独自・個別性は過小評価すべきではありません。

村上:例えば、「我々の会社はテクノロジーやデザインが優れているから、営業部をもってすれば売れる」、「ユーザーはこういうものを求めているので、我々が一番早く、上手に作れる」など共通性の過大評価には様々なパターンがあります。

朝倉:スタートアップだけでなく、上場企業にも同様のことが言えるかもしれません。例えば、M&Aの推進に際して、進み始めたプロジェクトの推進に集中するがあまり、自分たちに都合のいい「シナジー」という幻想を作り上げてしまいがちです。

村上:どれだけ会社規模が大きくなっても、この議論は当てはまるでしょうね。共通性を模索すること自体は、間違いではないと思います。例えば、ソニーは「小型でかっこいいものが作れる」という自社特性から複数のプロダクトを産みだしてきました。

このアナロジーは必ずしも間違いではないでしょう。注意すべきは、共通性を過大評価することによって、個別性を過小評価してしまうことなのだと思います。

経営チームに複数事業を回すケイパビリティが備わっているか

朝倉:次に2つ目のポイントの「経営チームのケイパビリティ」について。今までずっとシングルプロダクトを扱ってきた経営チームが、新たに複数のプロダクトを扱おうとすると、従来とはやることが変わってくるということはまず念頭に置いておいたほうがいいでしょうね。

小林:一番大きいのは、CEOの時間の使い方です。今まではCEO含め経営幹部全員が最前線で営業、開発、マーケティングを行うなど、自らが執行の核を担ってきたのだとしたら、そうした時間が1/2になってもこれまで通りの既存事業の成長が実現できるのかどうか。

かつ、それぞれの事業はそれなりに独自性がある以上、違う思考回路を使いながらそれぞれに対応することができるのか、まず検討したほうがいいでしょう。

村上:逆に言えば、既存事業が自走していてCEOがそこに全く時間を費やしていない、経営幹部の数も十分に確保できている。という状態だとCEOは新規事業に集中することが出来るでしょう。

朝倉:シングルプロダクトを扱っている会社でも、それぞれに状況は異なるということですね。CEOがプロダクトマネージャーとしてUIの細部までマイクロマネジメントしている会社もあれば、自身は大局的なところに時間を使っている会社もあります。CEOごとに時間の使い方が異なるでしょう。

事業を複線化しようとする段階で、そもそも今までCEOや経営チームがどのような働き方をしていたかを点検することは重要なポイントでしょうね。

小林:既存事業の運営が細かい点までCEOに依存するスタイルが確立していたとしたら、CEOに対する1事業あたりのインプットが減っていったとしても同じ精度の意思決定を維持できるのかについて、考えてみるべきでしょう。場合によっては、事業全体の意思決定の精度が下がってしまいかねません。

村上:「既存事業は権限委譲ができているので、新たな事業を始めます」という場合であっても、既存事業の雲行きが怪しくなった際にも権限移譲し続けられる状態なのかを確認すると良いと思います。

うまくいかなくなったらCEO自らが出て行かなくては、と思うのだとしたら、それはリソースが足りていないということの裏返しかもしれません。

異なる事業フェーズで際立つ「ノリ」の違い

朝倉:経営チームの話の延長線上ではありますが、3つ目のポイントは「組織マネジメント」です。自社が複数のプロダクト運営に耐え得るような体制になっているかどうかですね。

村上:仮に、既存事業がある程度成熟しているとすれば、新規事業とはフェーズが全く異なります。既存事業はしっかりとKPI管理をしていかなければならないが、もう一方は粗くてもスピード感をもって事業を組み立てていかなければならない。

既存事業に合わせてガバナンスが強化されている場合、フェーズが異なる新規事業を同時にマネジメントするのはなかなか難しいことです。

小林:異なるフェーズの事業に携わる組織の「ノリ」の違いは生じがちですね。 新規事業に取り組んでいる時は、ある意味文化祭の前日のようなノリで、遅くまでワッショイワッショイやって、祭りのような雰囲気が長く続きます。

一方で、ある程度軌道に乗ったビジネスは、もう少し粛々と言うか、細かい機微を磨いていく側面がある。それぞれを反対の立場から見ると、「なんでああいうノリなの?」と互いに違和感を抱くことが、大きくなった組織で異なるフェーズの事業を行う際に生じがちな問題の1つです。

朝倉:大企業の新規事業開発でもよくある話ですね。同じ会社でも、異なる熱量で異なる事業に取り組む以上、物理的な場所も含めて、組織をまるごと綺麗に分けてしまったほうがいい。

また、リソース配分についても考えなければなりません。エンジニアや営業機能を新旧の2事業が共有していたりすると、上長は各自のリソース配分に苦心することになります。放っておくと、当初の目論見とはズレて、なし崩し的にどちらかの事業にリソースが偏ることもありますし、それによって組織内での不満も蓄積します。

小林:組織マネジメントの問題をより広義に捉えると、取締役会の構成が2つの事業を行うのに適合した状態になっているのかも確認すべきでしょう。 シングルプロダクトの時は、基本的に取締役会は執行の話をしていることが多い。営業、開発、マーケティング等のリーダーが執行の相談をするといったように。

朝倉:実態として、開発会議や営業会議として機能している取締役会ですね。

小林:はい。事業が複線化すると、「リソース配分はこういう傾斜でよいか」、「それぞれの事業でどのようなマイルストーンを置くのか」、「投資は継続すべきか」といった判断が求められるようになります。

取締役会のメンバーはある日突然変わったりはしないため、新しい事業を展開し始めてからも、取締役会のメンバーはほぼ既存事業の人、という不一致が生じるケースはよくあります。

村上:オススメは、事業を複線化する際に、取締役会自体も何らかのアップデートをすることです。メンバーを入れ替えたり、運営の仕方を変えたりすることですね。

1つ例を挙げると、既存事業は盤石だからハイレベルなKPI管理を行う、などと方針を決めることです。「既存事業は取締役会ではなく執行レベルの会議でモニタリングすれば十分なので、これからの取締役会では全社のリソース配分と新規事業の戦略を議論しましょう」など。何かしらの決め事を作ることですね。

複線化に適した管理会計のアップデート

朝倉:次に4つ目のポイント、「内部管理」について考えてみましょう。主に財務面ですね。

村上:スタートアップの中には、粗利率が高いビジネスに取り組み、「固定費をいつまでに回収する」といった考え方でビジネスプランを立てている会社が少なくないと思います。事業を複線化すると、この固定費が見えづらくなります。

営業・開発リソースをどちらの事業にかけているのかが把握しづらいので、人件費が知らぬ間に肥大化してしまう。効率が悪くなっているのに原因が見えず、打ち手が遅れてしまう。PDCAがうまく回らない。こういったことが起きてしまいがちです。

小林:シングルプロダクトの時は、何かを切り分けるという意味での管理はほぼないと思うんですよね。営業は営業、開発は開発といった形で、機能に分かれていても全体のエコノミクスは把握できます。

一方で、事業を複線化するとそこが見えづらくなるため、実態として既存・新規のどちらにリソースやコストをかけているのかを、より細分化して管理する必要があるのだと思います。

朝倉:きちんと見える化する仕組みを整えて、どの事業にどういった優先順位で取り組んでいくのかを決めるということですね。

事業が2つになると投資家への説明は3倍難しくなる

朝倉:5つ目のポイントは「投資家コミュニケーション」です。 事業が複数あり、それぞれに収益性も成長ステージも異なっている場合、それぞれの事業の状況をどう説明し、どう評価するのかといった複雑性は増します。

村上:事業が2つあるとそれぞれの事業の優先順位やリソース配分の是非を説明をしなければならないため、シングルプロダクトの説明に比べて、2倍ではなく3倍難しくなると思っています。

小林:なぜ2つの事業を行っているのか、その意義は何なのかということも含めて説明する必要がありますからね。これは上場後もずっとつきまとう問題ですね。「なぜあなたはコングロマリットなんですか?」とは上場してからも必ず問われ続けるでしょうし、ディスカウントがかかりやすい部分でもあります。

朝倉:いくつもの事業が積み重なってくると、単体でそれぞれの事業を営むよりも市場からの評価が低下しやすい。国内の上場企業だと、端的な例がソフトバンクグループですね。

小林:孫さんは決算発表などでも「ソフトバンクの企業価値が正当に評価されていない」と述べています。

朝倉:投資家からはそれだけ割り引かれて見られてしまうし、孫さんをもってしても説明が難しいということでしょう。孫さんが感じるところの「過小評価されている」という状況に陥るくらいに。

複線化への挑戦が既存事業からの「逃げ」になっていないか

小林:今回、5つのポイントに分けて、事業を複線化する際に気をつけることを考えましたが、複線化して成功した会社も実際にはあります。例えば、エムスリーは、「MR君」というプロダクトから事業をうまく広げ、成長していきました。

朝倉:楽天もそうですね。

小林:楽天は金融に広げていったことによって、より強固な経済圏を作り上げましたよね。

村上:はい。事業の成長において、複線化は1つの手段だとは思います。ただ、今回挙げた5つのポイントについて、エムスリーや楽天は一定レベルをクリアした段階から行っていたかもしれませんが。

朝倉:最初から事業の複線化を前提にしている会社はそう多くないと思います。ただ、最初はシングルプロダクトで成長することを考えているけれども、事業を運営していくうちに、どうしても市場規模の上限が見えてきたり、成長スピードが鈍化してきたりする。

そうなると、経営者としてはどうしても新たにぐっと伸びるビジネスを模索したいという誘惑に駆られてしまうところがあるのではないでしょうか。ただ、自分たちがやろうとしている事業の複線化が、既存事業からの逃げでないのかについては、振り返って検討すべきかもしれませんね。

村上:事業の複線化を検討するにあたっては、2つの軸をベースに考えるのがよいのではないかと 思います。1つ目の軸は経営戦略。最初から複線化を視野に入れた事業戦略だったか、最初はシングルプロダクトでの成長を企図していたか。もう1つの軸は、既存事業の成熟度。既存事業は成熟しているのか、まだ未成熟でリスクがあるのか。

この2軸で分けられる4象限の中で、自社の現状を見た際、当たり前ですが、既存事業が未成熟なまま、初期は想定していなかった事業複線化に臨むケースは一番注意が必要でしょう。逆に、もともと想定していた戦略通りであって、かつ既存事業も成熟した状態だと、今回挙げた5つの留意点はクリアしているケースも多いのでしょう。

朝倉:シングルプロダクトで成長する方が望ましい状況で、なおかつ、まだまだ既存のプロダクトに成長余地があるタイミングであれば、複数の事業にリソースを分散してしまうのはもったいないんじゃないかという点は、立ち止まって考えたいですね。

Signifiant Styleでは、記事のテーマを募集しております。こちらのフォームから興味あるテーマについて、お聞かせください。