COLUMN

ビジネスパーソンにファイナンス思考は必要?

2018.07.27

日本企業のアップデートに欠かせない「ファイナンス思考」。企業価値を最大化するため、目先の利益に踊らされずに長期的な事業戦略を図る考え方は、ビジネスパーソンの基礎教養です。ファイナンス思考が組織や個人にもたらす意義とは何か、シニフィアン共同代表の3人が語ります。 本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(編集:箕輪編集室 大久保忠尚、吉崎唯、篠原舞)

ファイナンス思考は組織の共通言語

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉): 今回『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』という本を書きました。ファイナンス的なモノの考え方を、ファイナンスを扱う財務部の方や経営者の方が持っておいた方がいいというのは自明なことだと思います。そのうえで、一般のビジネスパーソンの方々、例えば営業や研究開発などの方々にとって、果たしてファイナンス思考を身につける意味はあるのかというと、どう思いますか?

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上): 非常に意味があると思います。例えば、経営者は株主に会社の説明をします。ファイナンス思考で会社を見る投資家であれば、それに基づいた対話ができないと、話が噛み合いませんよね。 従業員と経営者の関係性も実は同じじゃないでしょうか。経営者はファイナンス思考に基づいた事業戦略を立てなければなりません。その一つ一つのオペレーションを担う従業員は、経営者の視点を全く理解しない報告、提言ではなくて、ファイナンス思考に基づいた提言で上司を説得して、経営者に上げていければ、会社全体としての競争力、もっと言えば会社総価値の観点から圧倒的に良いと思うんですよね。ステークホルダー間のコミュニケーションの質を上げていければ大きな価値に繋がるのではないでしょうか。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林): 『ファイナンス思考』の中に「現在地でなく、目的地を知るための考え方がファイナンス思考です」というくだりがあります。まさに会社って、将来に向けて大きいことをしようという野心があって、各々が活動しているわけですよね。大きな目的のために個々の営みを未来志向で考えることは、会社で働く上で絶対に必要だと思います。それがないと、単に目の前の仕事をただこなしているだけになってしまう。 俯瞰した上で自分自身の位置づけを測る羅針盤としてファイナンス思考は役立つんじゃないかなと思いますね。

朝倉:今ちょうどW杯をやっていますけど、ファイナンス思考って会社の経済活動のルールだと思っています。サッカーの試合に出ても、今自分のチームが何点取っているか、または何勝したら決勝トーナメントに進出できるのかが分からないと、プレイしていても気持ち悪いと思うんですよね。単に「ボールを蹴れ」だとか、「あそこのゴールに向かって走れ」だとか言われても、気持ち悪いじゃないですか。会社がどこを目指しているのかを知るという点で、経営者ではないビジネスパーソンの方でも、ファイナンス思考を知る意味はあると思います。

では質問の切り口を変えて、ファイナンス思考を身につけることって、個人にとってはどんなご利益があるのでしょうか?どうして身に付けたら嬉しいのでしょうか?

村上:例えば、営業マンが予算が少ないという悩みを持っているとします。そこで「俺の営業の予算、増やしてくださいよ」といくら上司に掛け合ってもそう簡単には増えないですよね。でも、「今営業予算をかければ、顧客ベースが効率的に積み上げができて、長期的に見て会社に大きなリターンが返ってくるはずだ」ということを数字に基づいて説得できれば、予算を獲得できる確率が高くなるんじゃないかな。 研究開発者も「当該技術の転用が可能なマーケットの広さから、市場はこれだけ取れて、会社のリターンをこれほど生み出せるんだ」と説明できたら、より多くの予算を獲得できる可能性がありますよね。

朝倉:村上さんが今挙げたのは、ファイナンス思考が組織の共通言語として機能している状況ですね。自分の担当領域とは違う観点から仕事の意義を説明できる人、謂わば「バイリンガル」で仕事について話せる人って強いですよね。 例えば、営業現場で顧客にとってのソリューションの意義を話せるエンジニアは強い。エンジニアとしての背景がありつつ、調達した資金をもとに作る事業と得られるリターンをちゃんとファイナンスの観点から話せる経営者だと、そりゃ強いよなあって思います。

村上:まさにそうです。異なるステークホルダー間のコミュニケーションの「共通言語」としてファイナンス思考は有効であると考えています。普段は各自の業務に集中していると思いますが、一歩引いて大局観で見る、もしくは内部理論だけではなく外部の視点で考えることは、非常にメリットがある。そのための手段として、ファイナンス思考は役に立ちます。

高い競争力を誇るビジネスの源泉とは

小林:2人の話を聞いて思いましたが、大きく2つのポイントが出ていますね。1つはさっき村上さんが言った「俯瞰して見ること」。もう1つは「これからを意識して議論するという考え方」です。この二点を意識することで新たに見えてくることがたくさんあるよ、というのがこの本の伝えたいことだなと改めて思いました。

朝倉:将来的に何かしらのリターン、直接的にはお金ですが、研究成果、獲得する顧客などを大きくするため、未来に向けた考え方・頭の使い方をするのがファイナンス思考ですからね。 例えば、株式会社スタートトゥデイはZOZOスーツを無料で配っています、「世界中にTシャツやジーンズも配る」なんて言っていましたけど、あれも損益だけ見ていると、目の前は赤字だらけじゃん、ということになってしまいます。その先に会社がどんな未来を描いているのかをリアリティを持って語ることができれば強いですよね。

村上:未来志向でビジネスモデルを考えるってのは、すごく重要ですよね。ディストラプターとして、圧倒的な価値創出を狙いたければ、未来志向で色んなパターンのビジネスモデルの検討しなければいけません。例えばタダで配るとか、投資で赤字をすごく掘るとか、単純にいい製品を作るだけではなく、ビジネスモデル全体でどうやって競争優位性を確保していくのか。そのためには、財務、開発、販売、等々、ビジネスを構成するあらゆる手段を駆使して行く必要がある。 異なる役割を担う部署・人材間で「共通言語」で話ができることで、よりよいビジネスモデルが生まれる可能性、競争優位性を長く維持していける可能性は高まってくると思います。

朝倉:ソフトバンクがYahoo!BBのモデムを街角で無料で配っていた時みたいに。

村上:そうです。ビジネスの競争力の源泉が、実はファイナンス思考に基づいているって事が多々あると思うんです。逆に言うとファイナンス思考なしには、そういうビジネスモデルの提案が出来ないとも言えますよね。

小林:ZOZOTOWNのビジネスモデルが投資家、特に長期視点の投資家からも評価されたのは、顧客との接点を強化することで非常に高いブランド価値を生み出せるという点だと思います。長期目線の投資家ほど未来のことも含めて評価するので、大事をなそうとしている経営者にとっては、彼らをどう納得させるかが重要になってきますよね。

朝倉:ファイナンス思考は、投資家の目線でいうと未来に大きく花開くような事業・会社を見極める方法論だし、現場のビジネスパーソンの立場からすると自分の手がける仕事が会社にとってどんな価値をもたらすかを整理して説明するための武器。自分がやりたい仕事を思いっきりやるために理論武装するためにも身につけておいたら良いということなんでしょうね。

村上:そうですね。この本ではファイナンス思考に基づく一連のビジネス活動の1つとして「ステークホルダーへのコミュニケーション」が挙げられていますが、ファイナンス思考で大事なのは「どういうふうに説明するか」というスキルに集約されると言ってよいかと思います。やっぱり社内って上司を説得する、関係部署を説得する場面があるじゃないですか。その時に、ファイナンス思考が身についていると強みになるんじゃないかなって気がします。

朝倉:現場も経営層でも、部門に関係なくファイナンス思考が共通認識として使える組織は強いでしょうね。

『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』7月12日発売

売上・利益の前年比増減に一喜一憂する「PL脳」に陥っていたら、日本にAmazonは生まれない! 将来の意思決定を可能にするファイナンス的な発想こそが、今のような先行き不透明な時代には一人ひとりのビジネスパーソンに不可欠です。その背景について実践例も紹介しながら、シニフィアンの朝倉が解説する1冊です。

『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』

朝倉 祐介

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

村上 誠典

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

小林 賢治

シニフィアン株式会社共同代表 兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。 事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。