COLUMN

JapanTaxiとMOVに見るスタートアップの合従連衡について

2020.03.07

ZホールディングスとLINEの経営統合、メルペイによるOrigamiの買収、Japan TaxiとMOVの事業統合など、昨今、スタートアップの事業・経営統合の事例が増えてきました。今回は、スタートアップの合従連衡について考えます。

本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。

(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)

Japan Taxi・MOV 競争戦略としての事業統合

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):先日(2020年2月4日)、Japan TaxiとMOVの事業統合が発表されました。また2019年には、Zホールディングス(旧ヤフー株式会社)とLINEの経営統合も発表され大きな話題になりました。

ZホールディングスとLINEはネット業界を代表する2大巨頭によるディールであり、同業界における2019年の一番大きなニュースであったのではないかと思いますが、昨今、未上場のスタートアップを含め、様々な経営統合・再編が進んでいるような印象を受けます。今回は、スタートアップの合従連衡について考えてみたいと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):日本交通ホールディングスとディー・エヌ・エーは2月4日に配車アプリ事業「Japan Taxi」と「MOV」を統合すると発表しました。

ディスクレーマーとして申し上げると、私は元DeNA社員でしたが、この件については内部情報を知っているわけではなく、報道によって外部から得られる以上の情報は知りません。

Japan TaxiとMOVの両者は直接競合関係にあったので、このニュースには非常に驚きました。

朝倉:Japan Taxiはタクシー配車アプリの先行者であり、2011年から 配車アプリ事業を行っていましたが(Japan Taxiへの社名変更は2015年)、周囲のプレイヤーのキャッチアップも早かったように思います。

小林:ソニー系みんなのタクシーの「S.RIDE」や、ソフトバンクが支援する中国系の「DiDi」など、さまざまなプレイヤーが市場に参入し、業界内の競争の激しさは増しています。

DeNAは上場会社なので資料が開示されており、その中で業績に関する情報も一部ありました。そこから、オートモーティブ事業でどのくらいの赤字が出ているか、ある程度類推できるのですが、資料から見ると、日本交通ホールディングスの減損損失は20億円を超えています。DeNAも四半期で大きな赤字を自動車部門から出していたのが類推されます。

両者ともに非常に大きなキャッシュバーンをしながら事業を走らせていたようです。オートモーティブ事業は体力が必要な事業だということが伺えます。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):同一業界での統合は、既存事業の経営が難しくなって統合に至るケースが多く、大企業でもよく見られます。

一方で、今回の両社の事業統合は、両社ともに事業基盤が強固になる前に、早い段階で「業界内でこのままパイの取り合いを続けても意味がないのではないか」と考え、統合を決断しています。業界再編例としては日本では新しいスタイルの事例ではないでしょうか。

小林:統合のタイミングとしては、いわゆる救済措置という意味合いではなく、激しい競争環境の中でより優位なポジションに立つためと捉えられます。このようなタイミングでの競合同士の合併は、日本では新しい事例だと思います。

村上:統合によって、ユーザーにとってはタクシーがよりつかまりやすくなるでしょうし、開発コストやマーケティングコストも軽減されるため明確にメリットがあるでしょう。株主に対しても、メリットを訴求しやすい。

一方で、統合後の会社には株主が増えるため、今後の意思決定をどのように行うのかが課題となる気がします。急成長期に船頭が増えると、舵取りが難しい側面もあるため、個人的にはそのような観点から統合後の動きに注目しています。

小林:加えて、会社としてどのようなマネジメントで運営されていくのかという点にも注目しています。

Japan Taxiは日本交通ホールディングスの、MOVはDeNAの一部門であったわけですが、今回の合併により両者ともに38.17%の株主比率となり、統合後は持分法も適用されなくなります。そのため、統合後は独立した会社として運営していくのではないかと予想します。

その点で今後、経営の舵取りはどうなるのか、新体制が経営のフットワークの軽さに繋がるのか、大きな注目ポイントだと思っています。

朝倉:いずれにせよ、ユーザーにとっては、タクシーアプリがこんなに乱立している必要は全くありません。できれば一つに統合して欲しいというのが本音ではないでしょうか。

3つほど配車アプリを連続して使用して、どのアプリが一番先にタクシーが来るのかを見たり、早く来るとわかったら別のアプリをキャンセルしたり、といったような状況は健全ではありませんし、誰にとっても望ましいものではありません。利用者目線では、今回の統合はいい決断だったのではないかと思います。

スタートアップ・エコシステム発展のための合従連衡

朝倉:先日発表された、メルペイによるOrigamiの買収も話題になりました。報道を見る限り、このディールはOrigamiにとってはあまり喜ばしいイグジットではなかったのではないかといった言説もありますが、いずれにせよ、先ほどの例に加え、同一業界にいた会社が一つになるという事例が日本でも増えつつあると言えるでしょう。

小林:このディールに関して、「Origamiに対する救済措置である」、「Origamiが激しいスマホ決済事業の競争に耐えきれなかった」といった言説が見受けられますが、実はこの2社は完全な競合かというと、そうではない気もします。業界内での両社の立ち位置は少し異なります。

そういう意味では、Japan TaxiとMOVの事例とは異なり、直接競合の吸収というよりは、ビジネス上で補完関係のある2社の統合、と見るべき事例ではないかと思いますね。

村上:「スーパーアプリ」の必要性が叫ばれる中、広い意味で競合を見渡して、直接競合ではない、補完性のある競合同士が再編することにより、プラットフォーマーとしての競争力を高める戦略に、今後注目すべきだと思います。

このあたり、スタートアップの競争戦略については以前のポストで詳しく話した通りですね。

朝倉:日本のスタートアップは、同一業界に分散しているプレイヤーが非常に多い。一方で、M&Aのイグジット件数はあまり多くありませんから、IPOする、ないしは、経営状況が芳しくなく、徐々にリビングデッド状態になっていく。この2つがよく見られるパターンだと思います。結果、上場企業でも、同一業界に似たような会社が多い、といった状況が生まれていますね。

村上:スタートアップに流入する資金が増える一方で、投資家視点から見ると、マーケットに分散した競合同士が同じようなプロダクトを作って、同じユーザーに向けたマーケティングコストで資金を費消し、パイを取り合い、収益を悪化させていく、という現象に対しては、世の中の資金を最適配分するという観点から、変えていく必要性を感じます。

スタートアップ・エコシステムが拡大するに従って、株主・投資家側から、競合プレイヤーとの発展的統合をイグジットの選択肢として要求するようなケースも出てくると思いますし、起業家としてもそのような選択肢を検討する重要性が増していくんじゃないでしょうか。そのような意味合いから、個人的には、一連の統合案件はポジティブに捉えています。

持続的成長のために経営者がエゴを捨てる意義

小林:事業をより良くしていくために、競争は一定以上必要であるという側面がある。一方で、競争が過剰すぎると、プロダクトを磨く以上に、マーケティングコスト にばかり資金が消えていってしまうといった状況が生じてしまいます。このあたりが市場原理の難しさの一つじゃないでしょうか。

タクシー配車アプリ業界も、まさにそうした陥穽にはまる可能性があったと思います。複数のタクシーアプリが分散していて、ユーザーはなかなかタクシーが捕まえづらく、「タクシーアプリはイケてない」という印象だけが残ってしまい、イノベーションが停滞してしまう事態は、誰にとっても望ましくありません。

朝倉:タクシー配車アプリは、本来Uberへの対抗軸として生まれたはずなのに、分散してしまうと結局「Uberがまとめてくれたほうがいいのではないか」という話になってしまいますからね。

小林:分散されたプロダクトをある程度まとめて、ユーザーにきちんとバリューを訴求できるレベルのビジネスに整える必要性は、あるタイミングで考えなければならないのかもしれません。

村上:過去30年の日本では、日立や東芝といった大企業でも同様の状況が見られました。同業他社が同じようなプロダクトをつくり、同じようなマーケティング手法で潰し合っているうちに海外の会社に抜き去られてしまうという失敗例。

同様の競争環境が、大企業からスタートアップに移ってきたと考えると、このまま潰しあっていては、日本のスタートアップの競争力が失われ、ユーザーに利益をもたらすことができないという結末になり得ます。それを防ぐためにも、M&A・事業統合も戦略オプションとして積極的に検討すること、これはベターではなくマストで取り組んでいくべきことだと感じます。

朝倉:今回取り上げたいくつかの事例は、ある意味で経営者が己のエゴを捨てた大きな決断であったように思います。起業家目線で考えると、薩長同盟くらいの大きな決断だったのではないでしょうか。

古くはシリコンバレーではピーター・ティールとイーロン・マスクがそれぞれの会社を合併してPayPalが生まれています。ピーター・ティールは今でも、「ニッチで小さな市場を独占しよう」と述べていますが、そうした考え方が、少しずつ日本にも浸透してきたのかもしれません。